中島理論で見るGIレースの勝ち馬(1992年編)

ミホノブルボン
  • 栗毛
  • 1989.4.25生
  • 門別・原口圭二氏生産
  • 馬主・(有)ミホノインターナショナル
  • 栗東・戸山為夫厩舎
ミホノブルボンの4代血統表
マグニテュード
鹿毛 1975.3.16
種付け時活性値:1.25
Mill Reef
鹿毛 1968.2.23
Never Bend
鹿毛 1960.3.15
Nasrullah 1940.3.2
Lalun 1952
Milan Mill
鹿毛 1962.2.10
Princequillo 1940
Virginia Water 1953
Altesse Royale
栗毛 1968
セントクレスピン
栗毛 1956
Aureole 1950
Neocracy 1944
Bleu Azur
栗毛 1959
Crepello 1954
Blue Prelude 1951
カツミエコー
青毛 1983.5.18
仔受胎時活性値:1.25
シャレー
青鹿毛 1976.2.6
種付け時活性値:1.50+α
Luthier
黒鹿毛 1965
Klairon 1952
Flute Enchantee 1950
Chrisiana
栗毛 1967
Double Jump 1962
Mount Rosa 1957
ハイフレーム
栗毛 1968.5.21
仔受胎時活性値:1.50
ユアハイネス
栗毛 1958
種付け時活性値:0.25
Chamossaire 1942
Lady Grand 1943
カミヤマト
黒鹿毛 1959.5.8
仔受胎時活性値:2.00
ライジングフレーム
黒鹿毛 1947
種付け時活性値:0.75
コロナ
栗毛 1943.4.20
仔受胎時活性値:1.75
ミホノブルボンの4代血統構成&4代父系の活性値&4代父系の分枝状況
母父 祖母父 曾祖母父
マグニテュード
(Never Bend系)
シャレー
(Luthier系)
ユアハイネス
(Hurry On系)
ライジングフレーム
(Cyllene系)
父の活性値 母父の活性値 祖母父の活性値 曾祖母父の活性値
1.25
(13歳時交配)
1.50+α
(6歳時交配)
0.25
(9歳時交配)
0.75
(11歳時交配)
父の分枝状況 母父の分枝状況 祖母父の分枝状況 曾祖母父の分枝状況
Cylleneの8代孫 Herod〜Tourbillon系 Matchem〜Hurry On系 Cylleneの5代孫
ミホノブルボンのB&B理論的総括
8代残牡先祖数 4代血統構成
(資質固定指数)
潜在能力値 少ない先祖etc
16/128 A  E  D  A
(0.50)
8.00 シャレー
ユアハイネス
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
シャレー
(Hill Gail)
6.50 4代母はスターロッチの母
(No.11-C
クレイグダーロッチ系)
初仔

潜在能力値は数値が少ないほど大きいことを示しています。

[Notes]

栗毛のサイボーグ馬、ミホノブルボン。父マグニテュード、母父シャレーという血統背景から2400mへの距離延長を懸念されましたが、有無を言わさぬ逃げ切り勝ちで、皐月賞に続き日本ダービーを制しました。前年のトウカイテイオー同様に無敗(6戦6勝)でのニ冠達成でした。2着にライスシャワー。ミホノブルボンの小島貞博騎手は日本ダービー初勝利、戸山為夫調教師は1968年のタニノハローモア以来24年ぶり2勝目。

ミホノブルボンは栗毛馬です。管理された戸山為夫調教師によりますと……、

血統的には、父はマグニテュード、母はカツミエコーだが、一見したところ両親とは似ても似つかない馬である。体型も骨格もそれほど似ていないし、マグニテュードは鹿毛、カツミエコーは黒鹿毛−註:実際は青毛−なのに、ミホノブルボンは栗毛だった。私も私にミホノブルボンの情報をもってきてくれた人も、この毛色のちがいに閃くところがあった。(中略)

ミホノブルボンにはマグニテュードの面影はまったくなかったが、よく走ったお祖父さんが栗毛で、体型も似ている。それで「これはお祖父さんに似て、走るのではないか」と閃いたのである。トビがタカを生むことはないけれども、隔世遺伝というのはよくみる。

−戸山為夫著、『鍛えて最強馬をつくる』(情報センター出版局)、P190〜P191より抜粋(文中脚色責任、オオハシ)。−

という背景もあり、ミホノブルボンを預かることになったそうです。

中島理論的には、母父シャレーを介して、ミホノブルボンにとって5代前先祖にあたるケンタッキーダービー馬Hill Gail(栗毛)の形相が出ていることになります。筋肉質でいかにもアメリカンタイプのミホノブルボンの馬体はそれに起因していると考えます。ミホノブルボンは、後の淀の3000m戦におけるライスシャワーとの闘いで、初の敗戦を喫することになります。短距離志向で淘汰された米国血統が強く出ているミホノブルボンにとって、3000mという距離はやはり長すぎたのかもしれません。走法もやや首の高いフォームでした。ライスシャワーのような首の低い走法ができたならば、あるいは三冠も可能だったのでしょうけれど。それは、多くを望み過ぎというものでしょうか。

アメリカンタイプということが言われますが、確かにミホノブルボンは中京競馬場の新馬戦でレコード勝ち、東京競馬場で行われた日本ダービーも4馬身差勝利−GI勝利の中では最大着差−と左回りのコースで強い内容を示しています−注:米国の競馬場は全て左回り−。でも、そんなことを言ったら京都競馬場で行われた京都新聞杯でも日本レコード勝ちを収めていますし、中山競馬場で行われたスプリングSでは2着に1秒2差つける完勝でしたしね。ま、強いものは強いということでしょうか。ジャパンカップを走るミホノブルボンを見たかったです。

2000年デビューの3歳馬は、ミホノブルボンの0遺伝の年廻りに生まれた産駒たちです。今のところ目立った産駒がいませんが、これからの産駒に注目したいですね。

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