中島理論で見るGIレースの勝ち馬(1995年編)

ワンダーパヒューム
  • 鹿毛
  • 1992.3.7生
  • 浦河・信岡牧場生産
  • 馬主・山本信行氏
  • 栗東・領家政蔵厩舎
ワンダーパヒュームの4代血統表
フォティテン
黒鹿毛 1984.2.22
種付け時活性値:1.75
Nureyev
鹿毛 1977.5.2
Northern Dancer
鹿毛 1961.5.27
Neactic 1954.2.11
Natalma 1957.3.26
Special
鹿毛 1969.3.28
Forli 1963
Thong 1964.4.23
Dry Fly
鹿毛 1977
Mill Reef
鹿毛 1968.2.23
Never Bend 1960
Milan Mill 1962
Gay Missile
鹿毛 1967
Sir Gaylord 1959
Missy Baba 1958
ラブリースター
鹿毛 1979.5.3
仔受胎時活性値:1.00
トウショウボーイ
鹿毛 1973.4.15
種付け時活性値:1.25
テスコボーイ
黒鹿毛 1963
Princely Gift 1951
Suncourt 1952
ソシアルバターフライ
鹿毛 1957.4.13
Your Host 1947
Wisteria 1948
グッドサファイア
鹿毛 1971.3.14
仔受胎時活性値:1.75
ロムルス
鹿毛 1959
種付け時活性値:0.75
Ribot 1952.2.27
Arietta 1953
クラックリュウ
鹿毛 1958.4.11
仔受胎時活性値:1.00
ヒンドスタン
黒鹿毛 1946
種付け時活性値:0.75
フレーミングファイア
栗毛 1946
仔受胎時活性値:0.75
ワンダーパヒュームの4代血統構成&4代父系の活性値&4代父系の分枝状況
母父 祖母父 曾祖母父
フォティテン
(Northern Dancer系)
トウショウボーイ
(Princely Gift系)
ロムルス
(Ribot系)
ヒンドスタン
(Bois Roussel系)
父の活性値 母父の活性値 祖母父の活性値 曾祖母父の活性値
1.75
(7歳時交配)
1.25
(5歳時交配)
0.75
(11歳時交配)
0.75
(11歳時交配)
父の分枝状況 母父の分枝状況 祖母父の分枝状況 曾祖母父の分枝状況
Nearcoの4代孫 Nearcoの4代孫 St.Simonの7代孫 St.Simonの5代孫
ワンダーパヒュームのB&B理論的総括
8代残牡先祖数 4代血統構成
(資質固定指数)
潜在能力値 少ない先祖etc
17/128 A  A  B  B
(0.75)
12.75 ロムルス
形相の遺伝 料の遺伝 牝系 何番仔?
フォティテン
(Dry Fly)
4.50 母が重賞2勝馬
(No.10-A)
5番仔
(2連産目)

潜在能力値は数値が少ないほど大きいことを示しています。

[Notes]

『桃色の芳香』ワンダーパヒューム。1995年の桜花賞は、1月17日に起きた阪神大震災により京都競馬場で行われました。薄曇り、雨中の決戦となったレースは、桃色の覆面をつけた7番人気の1勝馬ワンダーパヒュームが、桃色の帽子と桃色の勝負服を身にまとったテン乗りの田原成貴騎手を鞍上に、しぶとい差し脚を見せて桜の女王となりました。1勝馬の桜花賞勝利は『新馬戦で日本レコード』ハギノトップレディ以来15年ぶり、JRA史上2頭目でした。ワンダーパヒュームの鞍上田原騎手はダイアナソロン、マックスビューティについで桜花賞3勝目。所属は栗東・領家政蔵厩舎。領家師はGI初制覇でした。オーナーの山本信行氏は1972年のアチーブスター以来となる桜花賞2勝目。生産者は浦河・信岡牧場。開場35年目のクラシック初制覇でした。また、藤井美津子厩務員は女性2人目の「GI馬の厩務員」となられました。レースの2着にはダンスパートナー、3着にはプライムステージ。1番人気の『笠松の女傑』ライデンリーダーは4着でした。

ワンダーパヒュームの4代血統構成は、『Northern Dancer系×Princely Gift系×Ribot系×Bois Roussel系』となります。Eclipse4系の配合ですが、St.Simon系の祖母父ロムルス、曾祖母父ヒンドスタンにより資質の固定化が成されています。父フォティテンはNorthern Dancer系の種牡馬です。ワンダーパヒュームに対して7歳時交配の1.75の数値を渡しています。有数値の遺伝ですがフォティテン自身マイナー種牡馬であるということ、ワンダーパヒュームが牝馬であるということにより、活力の低下が軽減化されています。フォティテンは母父Mill Reefが8歳時交配の0遺伝によりNearcoの0クリア化が可能な種牡馬です。

ワンダーパヒュームの牝系は、10号族フレーミングファイア系。同牝馬は石塚英五郎氏の眼鏡にかない、1954年に英国より輸入されました。母ラブリースターはその父トウショウボーイの初年度産駒となり、金鯱賞(現GII)、北九州記念(現GIII)など6勝を挙げました。母の所属も同じく領家厩舎で、主戦騎手も同じく田原騎手でした。ワンダーパヒュームは5番仔となります。後に9番仔としてスプリングSの勝ち馬ワンダーファングも輩出します−この姉弟は全兄弟です−。祖母グッドサファイアは不出走。4番仔としてラブリースターを出しました。曾祖母クラックリュウは10勝。4番仔としてグッドサファイアを出しました。4代母は前述のフレーミングファイア。1954年に輸入された際に生まれた仔が持込馬トップランです。同馬は9勝を挙げ、阪神大賞典(現GII)、日経新春杯(現GII)などに勝ちました。トップランの3歳年下の妹にクインオンワード。同馬は神戸杯(現神戸新聞杯、GII)、阪神牝馬特別(現阪神牝馬S、GII)など5勝を挙げ、オークス(現GI)で2着しました。クラックリュウはクインオンワードの1歳年下の妹になります。


ワンダーパヒュームは、この後のオークスを「何故か7番人気」で3着、秋に入りローズSを4着、母が3着したエリザベス女王杯を16着惨敗、暮れの阪神牝馬特別は10着と精彩を欠きました。そして、明けた1996年の緒戦として選んだ京都牝馬特別。その前週に京都競馬場へ行った私は、ワンダーパヒュームのぬいぐるみを買って帰りました。「桜の女王、もうひと花咲かせて」とハッパをかける意味もこめて、ピンクの覆面を付けたワンダーパヒュームのぬいぐるみを買って帰りました−そのぬいぐるみは、とある女の子にプレゼントしたのですが、そんなことはさておき−

淀の芝外回り1600m。桜の女王の栄光をつかんだ第3コーナーの坂越え芝1600m。その思い出のコースが、彼女の馬生の幕引きの舞台になってしまうとは……。TVでレースを観戦していた私は、第3コーナーで競走を中止した彼女の立ち姿を見て、「しっかり立ってるから、命は大丈夫やろう」とタカをくくっていました。鞍上の田原成貴騎手はもちろん下馬されていましたが、そんなに心配いらないという感じの顔をなさっていました。でも……。翌日のスポーツ新聞を見ると、信じられない文字が踊っていました。「ワンダーパヒューム、安楽死」。第55代桜花賞馬の生涯は、わずかに満3年と10ヶ月をもって閉じられてしまいました。

咲いては散り行く花の命。短い命だからこそ、美しく見えるのでしょう。儚い命だからこそ、尊く感じるのでしょう。わかっています。でも、別れて行くには早すぎたよ、ワンダーパヒューム。今度は新しい樹となって、次代の花を産み出していくはずだったのに……。けれど、それは叶わぬ夢。わかっています。だから、貴女のこと、一生忘れないようにします。さようなら、ワンダーパヒューム。

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