- 2008-06-02 (月) 22:45
- 雑記
駅の階段を歩いて上る私、その横を駆け上がる高校生とおぼしきジャージ姿の男子2名。
「若いな」と思い、かつての自分の姿を重ねて、思わず、不意に笑みが出た。
その笑った瞬間が、階段の終着点。目の前にはエレベータがあり、現在の私の裸眼における視力では「人がいるな」と思ったくらいだった。
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駅を出てからしばらくして、見ず知らずの男性が私に語りかけてこられた。
駅の階段の終着点で放った、なんとはなしだった「若さへの微笑み」が、エレベータに乗っていたというその人にとっては、自分に対する「嘲笑」に見えたらしい。
見ず知らずのその人は「自分が笑われた」と思われたとのこと。
エレベータに乗っていた人の姿形までは覚えておらず、まったく意図せず、そう告げられて衝撃を受けた私。
その人に対しての嘲りの笑いではなかったことを説明し、「それでも、あなたが不快な思いをされたのであれば」と頭を下げたら、納得してくれた。
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「いろいろな人がいるな」と思いつつ、自分がそんな嘲りに見えるような笑みを浮かべていたのかと自省。
そして、
「ひとりでニヤつくというのが自分の中では無いので」
と、おっしゃった、見ず知らずの男性の言葉を反すうしていた。
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天気の良い日の青空を見て綺麗だとか、夕映えに光る黄金色の水面を見て美しいだとか、若者の躍動を見て同化する思いだとか、そういったことで、ひとり、笑うことが多い。
その笑いが、自分を救ってくれる時がある。ただ、その笑いが、今回のように、不意に人を傷つけることもある。
明日から、ひとり、笑えるだろうか。
いや、きっと、ひとり、笑っているだろう。
その時々で自分が思う素直さに従って、笑っているのだから。
そして、もし誤解を招いたならば、今回のように、それを解けばよい。
笑うということは、傷つけるよりも、救ってくれるものだ。
そう、信じたい。
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