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雪の家雑記帳

東風吹かば。

先日、春一番が吹いたかと思えば、寒さが戻りましたね。

タイトルの「東風吹かば」ではありませんけれど、今日は、大宰府の飛梅のような色合いの雪が、青い空の下できらめいていました。

2月17日は雪の特異日-ただし東京方面-だそうで、なるほど、昨晩からの寒さも合点が行きました。

22年前の2月17日は、雪が降ってたやろか。

 

おぼろげな記憶の中では、たくさんの親類縁者に囲まれた、父方の祖母の死に顔しか浮かんできません。

 

 

時を綴っておくと、その折々の風景からどのような感慨を持ち合わせていたか分かるものです。

昨年2008年2月17日は

>今日は父方の祖母の祥月命日。もう21年前のお話し。むぅ、Time flies like an arrow、ですね。
>
>という訳で、墓参りに行こうと思いましたけれど、あいにくの大雪の為、回避しました。
>
>またお天気の良い時に出掛けますよって、おばあちゃん、待っていてね。
>

>
>ではでは、今日はこれくらいで♪

と書いていました。

ああ、昨年も雪が降っていたんですね。

 

そして今日、母に連絡を取ると、滋賀もやはり雪が降っているそうです。

 

 

「7」が付く日に自分の祖父母が逝っているということ。

命日を辿ると、父方の祖父が1978年8月7日、父方の祖母が1987年2月17日、母方の祖父が1996年7月17日。1月17日と合わせて、17日は毎月ちょっと怖い日です。

改めて確認すると祖父母たちは9年毎に逝っていたんですね。父方の祖父は66歳、父方の祖母は72歳、母方の祖父も72歳でした。

幸い、母方の祖母はこの周期から外れてくれました。まま、母方の曾祖母は93歳まで存命でしたから、長命の母系、ずっと長生きしてほしいものです。

 

 

「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

いずれにしても、春はやって来ます。

そして、いのちも巡ります。

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自分でもびっくりするくらい、

うさん臭い口説き文句が頭に浮かびました。……早い時間からの酔っぱらいは恐ろしいですね(笑)

つまりは、気恥ずかしくなるくらいに、ど直球。

いや、男はいつでも直球勝負です!

http://blog.takayoshiohashi.com/1024kbcast/

↑勢いだけで始めた新しいポッドキャスト配信。

ではでは♪

ひとり24時間マラソン。否。ひとり18時間53分走り歩き。

エド・はるみさんが24時間テレビのマラソンランナーに選ばれたということ。エドさんは毎日10km走っていらっしゃるそうですが、炎天下の超長距離走、十二分にお気をつけになって。

さて、マラソンといえば、私、心の闇に囚われていた時、具体的には1999年12月26日のことですけれど、ひとりで、100kmほどの距離を走って歩いたことがありました。

当時住んでいた大阪府寝屋川市から滋賀県彦根市の実家まで。所要時間は18時間53分の一人旅。午前4時30分に出発して、家に着いたのが午後11時23分。

寝屋川市から京都府の淀-京都競馬場があるところ-までは調子よく走っていたんですよ。京阪電車の線路沿いに走り、およそ20kmを2時間くらいでつないだので、「あー、全然楽勝や。何も運動していないのにこんだけ走れるんやったら、まだまだ捨てたものではないなぁ」と、思ったのでした。昔取った杵柄、ダテに10kmを32分台で走っていた訳ではありません。

けれど、現役を遠ざかった身体はウソをつけないもの。淀を超えた後、走ることがままならなくなったんですね。足が上がらない(笑)

しかし、なんとか歩みを進めて、京都府の清水寺のすぐそばまで来たところで、時間は午前10時30分。そこで実家に「今、京都。家に帰る途中」と電話連絡を入れました。電話に出た3番目の妹が「気をつけて」と言ってくれた後、「京都から歩いて帰るから」と告げたところ、「ヴェエエ、何やってんの、お兄ちゃん」と呆れられたことを今でも覚えています(笑)

京都府から滋賀県へは、蝉丸の「これやこの 行くも帰るも分かれては 知るも知らぬも 逢坂の関」の句が道路脇の斜面に埋め込まれている逢坂の関を歩いて超えました。

滋賀県に入ってからは国道沿いに北上し、国道1号線と国道8号線の接続場所でトラックにひかれそうになりました(笑)

道すがら、折々に見えるJR琵琶湖線に何度か「乗ろうか?」と自問しました。でも、当時の私にはヘンコ(注:関西弁で「偏屈者」の意味)な根性があったのでした。「なんとか帰ってやる」と、歩くことを続けたのでした。

1999年12月26日は日曜日でした。なぜ覚えているかというと、その当日に競馬の第44回有馬記念(GI)が施行されたからです(笑)。出走時刻の午後3時20分。私は滋賀県の草津市街に居ました。薬局で鎮痛消炎剤を買い求めた後、「レースだけは見ておこう」と、電気店の街頭テレビでレースを見ていました。

http://jp.youtube.com/watch?v=dq0hXHC3YBg&fmt=18

「うわ、スペシャルウィーク、秋のGI3連勝、やりよったで」。レース直後にそう思いました。しかし、実際にはグラスワンダーが、わずかに4cmだけ先んじて、ゴール板を通過していました。512kgの栗毛馬、最後の最後、464kgの黒鹿毛馬に先着は許しませんでした。

レースを見終えた後、冬の短い夕間暮れと共に北上を再開した私。草津から実家まではおよそ30kmほど。おぼつかない足取りで、とぼとぼと、徒歩を繰り返しました。

それでも、歩みをやめなければ、自分の知る景色が現れます。近江八幡市を超え、安土城跡が見えてきた時には、とうに陽は落ちていました。けれど、私の心には光明が差してきました。マラソンランナーの君原健二さんよろしく、『次の電柱まで、次の電柱まで』と、念じながら歩いていました。

そうこうしているうちに、高校時代によく走った山が見えてきて、本当に帰ってきたことを実感しました。その時には田舎道を歩いていた私。目の前の往来を行く車のテールランプの綺麗さを鮮明に覚えています。「あー、やっと、ここまで帰ってきた」と、思わず涙が出そうになったのでした。

クタクタになりながら到着した我が家。それでも、在宅だった家族は皆待ってくれていました。多謝多謝。

所要時間は18時間53分の一人旅。思えば、アホなことをしたものでした。けれど、いまでは良い思い出。肉体的にあれよりつらいことは、そうそうありません(笑)

ではでは、今日はこのへんで♪

つゆのあとさき。

自分から「ごめんなさい」が言えたら、良いね。

自分から「ありがとう」が言えたら、なお良いね。

そんなことを思った梅雨の1日。

 

今聴いている曲:KOKIA - 「人間ってそんなものね」BONNIE PINK - 「It’s gonna rain!」SNOOP - 「Share an umbrella with you」

53回目。

今日、母が53歳になった。

「生まれてくれて、ありがとう」

いま、そう思う。

あなたのいのちがなければ、私のいのちはなかったのだから。

どうか、これからも元気で。

 

6月19日生まれの方の誕生花は「薔薇」。

その花言葉は「愛」。

ユキちゃん。

ハイラフゥレ、ヤッヒフレ、ヤッヒフレ、ヤッフッフ♪

ユキちゃん親子。

ユキちゃん親子。このぬいぐるみでは、ヤギというよりは……。しかし、ヤギ。

いっぽう、別のユキチャン。

http://jp.youtube.com/watch?v=PYCa6AXsd-o&fmt=18

現状、日本の軽種馬では18頭しか確認できていないという白毛。お母さんのシラユキヒメが突然変異の白毛で、ユキチャンは白毛の2代目です。彼女らは生まれた時から真っ白。

競馬場でよく見る白い毛色の馬は、元々は黒っぽかったり、茶色っぽかったりする毛色が、春と秋の毛替わりにより白さを増していくんですね。そのメカニズムは人間の白髪とおおよそ同じとのこと。なお、加齢により白さを増していく馬たちは芦毛という毛色です。

ではでは、今日はこのへんで。

オオハシは見た。

つい先ほど、大阪駅でピーコさんをお見掛けしました。

彼が杉浦さんでなければ誰が杉浦さんなのかというくらい、ピーコさんでした。

なお、おすぎさんとご一緒ではなかったことをお伝えしておきます。

ではでは♪

ウラシマタロウ。

メリーナイス(1984.3.22)という馬の元々の馬主さんが浦志摩太郎さんという方。浦が姓で志摩太郎が名です。ウソのようなホントの話。

#斉藤由貴さん主演の映画「優駿」の主人公馬オラシオンのモデルがメリーナイス。栗毛の四白流星の美しい馬です。

さて、5日ほどSNSにログインせずにいると、すっかり浦島太郎状態。

86,400秒/日×5日=432,000秒もノータッチだと、随分と取り残されているような思いになるものです。

でも、不思議と平静を得られたのは、いままで、どこか過度な接し方をしていたのかも知れません。

そんな訳で、もっと気楽に接していこうと思いました。

まま、日記の更新の頻度は減ると思いますけれど、生きてはいますので、どうぞよろしくお願いします。

静かにしておきます。

こころの平静を保つために。いましばらくはご容赦ください。日記、お休みしても、ごめんなさい。

許せん。

笑顔の祈念日になんということをする。

「生活に疲れてやった」だと?

疲れたのならば、ひとり疲れていればいい。

なぜ、人を巻き込むのだ?

健大くん、優希ちゃん、麻希ちゃん、花菜ちゃん、綾乃ちゃん、友香ちゃん、真宥子ちゃん、玲奈ちゃん。いつか、残されたひとたちに笑顔が戻っても、許してあげてな。ずっとずっと、先のことやろうけれど。みんなのこと、忘れるわけではないんよ。忘れないためにも、笑うんよ。思い出してもらうなら、みんなのいちばんいい顔の方がええやんな?みんなのいちばんいい顔を思い出すためにも、笑うんよ。いっしょに笑ったことを思い出すためにも、笑うんよ。そやから、かんにんしてあげてな。

残されたひとたちが、いつの日にか、こころからの笑顔を取り戻せる日を信じて。夢の壊れた日が、いつの日にか、笑顔の祈念日になることを信じて。

夢が壊れた7年前の今日6月8日。また、この日が、夢の壊れた日になってしまった。

取り戻してくれるのか、貴様が。今日、絶望してしまった、いのちを。喜ぶことも、怒ることも、哀しむことも、楽しむこともできなくなった、いのちを。

許せん。ただただ、許せん。今日という日が6月8日だけに、なお、許せん。

失われてしまったいのちの冥福を祈ります。そしてケガを負われてしまった方々の無事を祈ります。ただただ、祈ります。

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