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お花
1996年7月17日

今日−1996年7月17日−、僕の母方の祖父が亡くなりました。車の事故で亡くなりました。今年で72歳でした。山道で農業用大型三輪自動車−ガーデンと呼ばれる乗り物−を運転している時に、スピードの出し過ぎでカーブを曲がりきれず、車ごと道路の脇の段々畑に放り投げ出されたそうです。このガーデンと呼ばれる乗り物は、運転席と助手席が開放されています。祖父が運転していました。祖母が助手席に座っていました。祖父、祖母の飼っている犬が車の後部の荷台に乗っていました。

祖父は車が放り投げ出された時、自分の腹を何かで刺して割いてしまいました。頭も打ったらしく、被っていた帽子は血で真っ黒になっていたそうです。祖母はなんとか一命を取り留めました。頭をすこし切り、左腕を骨折しただけで済んだそうです。祖母が自力で民家に助けを求めに行ったそうです。今、病院に入院しています。荷台に乗っていた犬はピンピンしています。何も無かったかのように。自分を最も可愛がってくれた者が、もうすでにこの世にいないことも知らずに。

生きとし生けるものの『いのち』なんて儚いものですね。ほんのささいな出来事で『いのちの炎』はかき消されてしまう。でも、儚い故に尊いのでしょう。この世の中のすべてのもの。形あるものはすべて、いつか壊れてしまう。でも、壊れてしまうが故に尊いのでしょう。僕は、再び身内の死に直面しました。

今からちょうど9年と5ヶ月前。1987年2月17日。僕は父方の祖母を失いました。真夜中のことでした。たくさんの親戚の人たちが集まっていました。そんな中、祖母は亡くなりました。彼女もその年−1987年−で72歳でした。

『いのち』とはいったい何なのでしょう?己の両親から授かった、この『いのち』とはいったい何なのでしょう?ひとつ、確実に分かっていることは、『いのち』というものは『有限なもの』であるということです。ロウソクに火を着けるように、『いのち』は生まれたその瞬間に『いのちの火』を燃やしはじめます。燃えさかるロウソクの炎のように、その寿命が尽きるまで『いのちの炎』は燃え続けようとします。事故死なんていうのは、燃えさかるロウソクの炎に息を吹きかけて消してしまうようなものです。

僕はまだ泣いていません。僕は泣いてしまう訳にはいかない。父方の祖母が亡くなった時も僕は泣きませんでした。祖父は、キレイな死に顔をしていました。9年前の祖母も、キレイな死に顔をしていました。でも、2人ともまだまだ生きていたかったはずだと僕は思います。僕は祖父、祖母の『想い』を背負って生きて行かなければなりません。すべてを背負いこむなんてことは出来ないけれど、ほんのわずか、一部分だけでも、僕は祖父、祖母の『想い』を背負って生きていく。使い古された言葉ですけれど、祖父、祖母は僕の心の中でずっと生きていくのです。

僕の『いのち』が続く限り。

僕の『いのち』が尽きてしまったら、僕の『想い』はきっと誰かが引き継いでくれるでしょう。そうやって人の世の中は続いてきたのだと思います。

今−1996年7月18日午前3時40分−、朝の新聞がやってきました。新聞の県民欄を見たら、祖父と祖母のことが書いてありました。小さな、本当に小さな記事でした。現実は僕に厳しい鉄槌を下しました。「悪い夢なら覚めてくれ」と何度も願いました。けれど、僕の願いはむなしく心の中を空回りするだけでした…。

祖母は、まだ祖父の死を知りません。祖母は、いつもは祖父のガーデンには乗らず、自分の運転するバイクで祖父のガーデンの後ろに付いて走っていました。ところが、今日に限って、祖母は祖父のガーデンの助手席に座っていました。いつもは、祖父が「隣に乗れ」と言うと嫌がる祖母が、今日に限って助手席に座っていたのです。祖父、祖母ともにいいお年ですから。体が痛むときもあります。今日、祖母は足が痛かったらしいです。

「おじいちゃんは嬉しかったんやろう。それでスピード出しすぎたんや…」
祖父の妹、弟さんたちが僕にそうおっしゃいました。

僕は思わず、不謹慎にも「おじいちゃんも若いな」と思ってしまいました。でも、それだけに、なおさら祖父が亡くなってしまったことが信じられず、悲しい出来事になってしまいました。

祖父のガーデンに乗っていた犬が何も知らずに吠えています。おなか、空いてるみたいです。空が白みがかってきました。残酷な『時の流れ』は、僕の願いを無視して新しい太陽を連れてやってきます。けれど、『時の流れ』は、新しい『いのち』も連れてやってきます。これから生まれる新しい『いのち』が、しっかりと『いのちの炎』を燃やしきれることを祈って、僕は、この日−1996年7月17日−の出来事を綴ったこの文章を、ここで終わります。

−1996年7月17日、18日記す。−



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